ゆとり文系女子がIT企業に就職して1年になりました

15卒の文系女子がプログラマーとして働く日常

IT業界に入るまで

こんにちは、佐藤です。

まずは私がどういった経緯でこの業界に入ったかお話ししようと思います。
大前提としてブログタイトルにもあるように私は文系です。大学の4年間、史学科にいました。日本史です。専攻は戦国から江戸時代です。そうです、古文書と向き合ってました。基本使うツールは文献。アナログ中のアナログ。信じられるのは紙の物だけ。史学科の鉄則です。
そんな私は15卒。就活は12月封切でした。12月1日からリクナビやらマイナビやらの合同説明会に行ってました。そして就活が始まって二ヶ月経った1月末。既にここで私は折れます。書類選考に通らない通らない。見事に通らない。そこで私は逃避しました。「劇場版TIGER &BUNNY The Rising」に。そう、私はアニメ漫画ゲームが好きなオタクです。私はあの有名なタイバニクラスタなのです。当時、関西の大学にいた私は週一のゼミと資格科目の為にしか大学に行っていません。卒論を本格的に書き始めたのは夏からでした。バイトを週3くらいしかしていなかった私は毎週劇場に足を運び週替わり特典をコンプしていました。頑張った。そう、就活から逃げて。しかしそんな私もGWくらいになるとやばいと感じ始めました。15卒は早い人で4月から内定が出ます。友人に内定獲得者が現れ始めました。そのあたりから私も本気を出して就活を始めたのですが、私の希望は東京就職。東京の企業が大阪や京都で説明会をすることも多かったのですが、ほぼ形だけ。そういう企業は、私も周りも通りませんでした。
そもそも私は当初、出版・印刷系の会社を希望していました。文系にありがちなパターンです。
夏からは夜行バスで月に2回から3回東京に通い、説明会や入社試験、面接を受けていました。書類が通っても面接で落ちる。一次面接が通っても二次で落ちる。これを繰り返していました。これはどこも同じようなことだと思いますが、大学のキャリアセンターなんてクソくらえだったので私はひたすら若年向けハローワークに通っていました。
履歴書を書くのも飽き、スーツに腕を通すのもだるい。履歴書なんてマックで書いてましたね、マックフィズ飲みながら。
資格も就職に有利な資格は持っていませんでした。書けるのは自動車(AT)と図書館司書と博物館学芸員。民間就職ならこれらの資格はあってないようなものでした。
そんなダラダラとした就活の中、文系でもIT企業のエンジニア枠で内定をもらった友人がいました。私としてはビックリでした。だって私たちは文系。しかもIT企業……?そんな所で働けるの?そもそも業界研究すらしてない。ハナから選択肢にない。でもそこからなんとなく興味を持ってプログラミングなんて全くしたことのなかった私がそっちの業界に踏み入れてみたのです。そこで見回してみると、意外と文系歓迎の文字が。研修を手厚くやるので知識ゼロでも大丈夫、という文言がかなり見られました。まあ中小企業ですけどね。
しかしプログラミング=ドラマでハッカーが操っている謎の画面、的な発想でしかなかった私は一度思いとどまります。そうです、私は文系です。高校からの根っからの文系です。微分積分はもちろん選択科目から除外。数B?が精一杯でした。英語もさっぱり。そんな私がやれるのか、と。でも時間は過ぎていきます。面接も通りません。ヤケになった私は夏過ぎたあたりからIT企業を受けまくります。と言ってもよくある就活話のようにわたしは1年で100社も受けていません。30~40社くらいですかね。そこで今の会社に出会いました。まあ面接やら試験やらいろいろぶっ飛んでる会社で(この話はまたいつか)、無事に内定をもらえました。その会社は23区内、駅から徒歩5分。もう最高。私の理想の立地でした。二路線も通ってる。涙が出る。そこに決めました。それが私の就活ストーリーです。
就活が始まってギリギリ一年以内に内定が決まりました。親に報告した時はかなりドライな反応でしたが、おばあちゃんは電話越しに泣いてました。私も決まった時泣いたよね。その間、資格の実習や卒業論文、アルバイト。色々ありましたがなんとか社会人になれる!あこがれの東京に住める!ってことで舞い上がってました。まあ二度と就活なんてするもんか、とも思いましたけどね。でもこの時、別に2月にタイバニに入れ込んでたことやバイトに精を出していたことは全く後悔していません。そう、ひとつ言えるのは早く決まるからって良いわけじゃないってこと。
でもまあ、何はともあれ、私は上京し、IT業界で働くことになったのです。

次回は、入社〜研修のお話をしたいと思います。